2026年日本のAI主権(ソブリンAI)動向 - 国内完結型AIへの転換

2026年日本のAI主権(ソブリンAI)動向 - 国内完結型AIへの転換
はじめに
2025年12月、日本政府は初の国家戦略となる「人工知能基本計画」を閣議決定しました。この歴史的な決定は、日本のAI主権(ソブリンAI)確立に向けた「反転攻勢」の転換点となります。
米中の技術覇権争いやデータ越境移転のリスクが高まる中、国家や企業が自律的にAIを管理・運用できる「ソブリンAI」の重要性はかつてないほど高まっています。本記事では、2026年に向けた日本のAI主権動向、国産AI企業の最新プロジェクト、政府の戦略、そして注目のフィジカルAIへの転換について詳しく解説します。
ソブリンAI(AI主権)とは何か

図1: ソブリンAI(AI主権)の概念 — データ、技術基盤、インフラの自律性を確保
定義と本質
ソブリンAI(Sovereign AI)とは、「国や企業が自国・自社のデータ、技術基盤、インフラを活用し、外部への依存を最小限に抑えつつ、AIシステムを自立的に開発・運用する能力」を指します。
これは単なる「国産モデルの開発」にとどまりません。データの取得・処理、計算インフラ(GPU等)、運用体制、セキュリティ管理を含むAIエコシステム全体の自律性を意味します。
なぜ今、ソブリンAIが重要なのか
1. 経済安全保障と技術的自立性
特定の国や企業のインフラに「生殺与奪の権」を握られることは、国家の安全保障上の重大なリスクです。地政学的リスクの高まりを受け、AIインフラの自律性確保が最重要課題となっています。
2. データ主権とプライバシー保護
海外製AIモデルを利用する場合、機密データや個人情報が国外のサーバーで処理されるリスク(データ越境移転)があります。国内法(個人情報保護法等)や文化的背景に準拠したデータ管理を行うため、国内完結型のAI基盤が求められています。
3. 文化的・言語的適合性
英語圏で開発されたモデルは、日本語特有のニュアンスや商習慣、文化的文脈の理解に限界があります。日本の言語・文化に最適化されたAIは、行政サービスや高度なビジネス判断において不可欠です。
4. デジタル赤字の解消
海外製クラウドサービスやAIモデルへの依存は、巨額の「デジタル赤字」を招きます。国産AIの開発と普及は、国内への経済還流と産業競争力の強化に直結します。
国産AI企業の最新動向

図2: 日本の国産AIエコシステム — 主要企業と技術領域のマッピング
2025年から2026年にかけて、日本の主要AI企業は「汎用モデル」から「特化型・高効率モデル」および「フィジカルAI」へと開発の軸足を移しています。
Sakana AI:進化的モデルマージで防衛・金融分野へ
東京を拠点とするSakana AIは、2025年11月にシリーズBラウンドで約200億円を調達し、企業価値は約4,000億円に達しました。
技術的特徴
- 既存のモデルを掛け合わせて進化させる「進化的モデルマージ」
- AIが自律的に研究を行う「The AI Scientist」
- 膨大な計算資源に依存しない効率的なAI開発
最新プロジェクト
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)との金融業務効率化
- 防衛装備庁と米国防総省DIU主催チャレンジでファイナリスト選出(バイオディフェンス・偽情報対策)
- 軽量モデル「TinySwallow-1.5B」の発表
Preferred Networks (PFN):垂直統合と純国産チップ
PFNは、ソフトウェアだけでなくハードウェア(半導体)まで手掛ける垂直統合モデルを推進しています。
MN-Coreシリーズ
神戸大学と共同開発した深層学習用プロセッサ「MN-Core」を展開。2026年からは生成AI向け推論プロセッサ「MN-Core L1000」の提供を目指しています。
純国産AIインフラの構築
2025年1月、Rapidus(ラピダス)、さくらインターネットと基本合意し、Rapidusが製造する次世代半導体を搭載した「純国産」のAI計算基盤の構築を進めています。
NTT:軽量・高セキュリティな「tsuzumi 2」
NTTは2025年10月に次世代モデル「tsuzumi 2」の提供を開始しました。
tsuzumi 2の特徴
- パラメータ数を300億(30B)程度に抑えた軽量設計
- 1GPUで動作し、オンプレミス環境での運用が可能
- 日本語性能は世界トップクラス
- 高いセキュリティ要件に対応
導入実績
2025年第1四半期時点で受注件数は1,800件を超え、自治体(山口県など)や金融機関での導入が急速に進んでいます。
ソフトバンク:国産LLM「Sarashina」と国内最大級データセンター
ソフトバンクは、計算基盤への巨額投資と国産LLMの開発を両輪で進めています。
Sarashina(更科)
SB Intuitionsが開発する国産LLM。2025年10月には通信業界向け基盤モデル「Large Telecom Model」にSarashinaを組み込み、国内完結型の運用を実現しました。
北海道苫小牧AIデータセンター
2026年度の開業を目指し、国内最大級の計算基盤を建設中。再生可能エネルギーを活用し、データの学習から推論までを国内で行う体制を整えています。
AI-RAN構想
通信基地局をAI計算基盤として活用する「AI-RAN」構想を推進し、次世代社会インフラの構築を目指しています。
NEC・富士通:産業特化型エージェント
NEC (cotomi)
高い日本語性能を持つ「cotomi」を展開。特に地方銀行や自治体向けの導入が進み、オンプレミスや閉域網での利用ニーズに応えています。地方銀行・信用金庫20社と「Agentic AI共同研究会」を発足し、稟議書作成や財務分析などの業務効率化を進めています。
富士通 (Kozuchi)
NVIDIAとの協業を拡大し、2025年12月には「Fujitsu Kozuchi Physical AI 1.0」を発表。AIエージェントと物理ロボットを連携させる技術に注力しています。
日本政府のAI戦略と支援策
人工知能基本計画(2025年12月閣議決定)
日本政府は2025年12月23日、初の国家戦略となる「人工知能基本計画」を閣議決定しました。この計画は、「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指し、以下の4つの基本方針を掲げています。
1. AIを使う
政府・自治体が率先して導入し、医療、防災、インフラ等の分野での社会実装を加速。
2. AIを創る
計算資源、データセンター、半導体等のインフラ整備と、日本語に強い基盤モデルの開発支援。
3. 信頼性を高める
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)の機能強化、偽情報対策、セキュリティ確保。
4. AIと協働する
人材育成、労働市場への影響対応、知的財産保護と対価還元の仕組み構築。
経済産業省・NEDOの支援策(GENIAC)
経済産業省とNEDOは、国内の生成AI開発力を強化するプロジェクト「GENIAC (Generative AI Accelerator Challenge)」を推進しています。
主な取り組み
- 基盤モデル開発に必要なGPU等の計算リソースに対する助成
- 2026年3月の「GENIAC-PRIZE」表彰に向けたAIエージェント開発・実証コンペティション
- 社会実装の後押し
デジタル庁のガバメントAI構想
デジタル庁は、政府業務におけるAI活用とガバナンスを主導しています。
ガバメントAI基盤
2026年度までに政府がAIを積極的に活用できる環境(ガバメントAI基盤)の構築を目指しています。
調達・利活用ガイドライン
「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を策定し、各府省庁における安全な導入を支援しています。
データ主権とセキュリティ要件
ソブリンAIの核心は、データの物理的所在と管理権限(データ主権)にあります。
国内完結型モデルの重要性
ソフトバンクの「Sarashina」やNTTの「tsuzumi」は、学習から推論までを国内インフラで完結させることで、他国の法規制(米国のCLOUD法など)の影響を受けない「運用主権」を確保しています。
セキュリティ要件と実務対応
金融機関・自治体での厳格な要件
顧客情報や住民情報を扱う金融機関や自治体では、インターネット経由でデータを送信するパブリック型AIの利用には慎重です。閉域網(VPN等)で接続されたAIや、自社サーバー内で動作する軽量モデル(SLM)の需要が高まっています。
ガイドラインへの準拠
デジタル庁のガイドラインでは、入力データがAIの学習に利用されない設定(オプトアウト)や、個人情報が含まれる場合のマスキング処理などが求められています。
企業の国内完結型AI導入事例
自治体での活用
山口県
NTT西日本と連携し、NTTの「tsuzumi」を活用した実証実験を開始。機微な個人情報を含む相談記録の要約などに、オンプレミス環境で動作する国産LLMを適用し、セキュリティと業務効率化の両立を図っています。
金融機関での導入
地域金融機関
NECは地方銀行・信用金庫20社と「Agentic AI共同研究会」を発足。NECの「cotomi」を活用し、稟議書作成や財務分析などの業務において、セキュアな環境での生成AI活用を進めています。
MUFG
Sakana AIに出資し、金融業務特有の複雑な規制や商習慣に対応した特化型モデルの開発・実装を進めています。
教育機関での活用
東京通信大学
学生・教職員のデータを学内に留める要件を満たすため、クラウド依存のない「tsuzumi」を核とした学内LLM基盤を整備しています。
2026年以降の展望:フィジカルAIへの転換
フィジカルAI(Physical AI)の台頭
2026年の最大のトレンドとして、AIがデジタル空間を飛び出し、現実世界の物理的な機械やロボットを制御する「フィジカルAI」の普及が予測されています。
製造・物流での活用
工場内のロボットアームや自動搬送車が、AIによって自律的に協調動作を行います。富士通とNVIDIAの協業や、PFNの取り組みがこれを牽引します。
日本企業の勝機
日本は製造業の現場データ(物理データ)を豊富に保有しており、フィジカルAI領域において国際競争力を発揮できる可能性が高いと期待されています。
課題と対策
電力消費と環境負荷
AIデータセンターの急増に伴い、電力消費量が深刻な課題となります。
対策
- 省電力なAIチップ(PFNのMN-Core等)の開発
- 再生可能エネルギーの活用(ソフトバンク苫小牧DC等)
- 光電融合技術(NTT IOWN構想)の実装
「2026年問題」とデータ枯渇
Web上の高品質なテキストデータが学習により枯渇する「2026年問題」が指摘されています。今後はAIが生成した合成データや、実世界のセンサーから得られる物理データの活用が、モデルの性能向上の鍵となります。
人材とガバナンス
人材不足への対応
AIを開発・運用できる高度人材の不足は依然として深刻です。政府は「AIと協働する」人材の育成を掲げています。
ガバナンスの整備
フィジカルAIの普及に伴い、現実世界での事故(ロボットの誤作動等)に対する法的責任や安全基準の策定が必要となります。
まとめ:戦略的自律性の確立へ
2026年の日本におけるAI主権は、政府の強力な支援と企業の技術開発により、着実に確立されつつあります。特に「言語モデルの国産化」から「フィジカルAIへの応用」へとフェーズが移行しており、日本が強みを持つ製造業やロボティクス分野での巻き返しが期待されます。
日本は、米国との連携を維持しつつも、過度な依存を避ける「戦略的自律性」を模索しています。OpenAI等の海外製最先端モデルを活用しつつ、重要インフラや機密業務には国産モデル(NTT、NEC、Sakana AI等)を適用する「使い分け」戦略が進んでいます。
調査によると、日本の政府機関におけるソブリンAI導入率はアジア太平洋地域で最も高い水準(50%)にあるとされています。この優位性を維持し、さらに強化していくためには、産官学が連携して持続可能なエコシステムを構築することが不可欠です。
企業が取るべき次のステップ
- データ主権の評価: 自社の機密データや個人情報がどこで処理されているかを把握し、リスク評価を実施する
- 国産AIの検討: セキュリティ要件の高い業務から、国内完結型AIの導入を検討する
- ハイブリッド戦略: 用途に応じて海外製と国産AIを使い分ける戦略を策定する
- 人材育成: AI人材の育成と、AIと協働できる人材の確保を進める
- フィジカルAIへの準備: 製造業や物流業では、フィジカルAIの活用可能性を探る
2026年は、日本のAI主権が本格的に花開く年となるでしょう。この歴史的な転換期において、企業がいかに戦略的にAIを活用し、データ主権を確保するかが、将来の競争力を左右することになります。